かつて日本に存在したパッカード【その②】
これは、早稲田大学自動車部という体育会自動車部において、かつて管理、維持されていた個体で、「前照灯」と呼ばれる部内誌を追っていくと、おそらく1980年代終盤までは部のガレージに存在していたようで、最後の数年はクランクシャフト破断により不動状態だったものの、部内の行事やメディアの取材時におけるシンボルとして、外装は都度ワックスがけをされていたと記述されています。 「部車紹介」なるページを追っかけていくと、「PL」や「パッカードリムジン」や「リム」などニックネームは年代によって少しずつ変化しているようですが、導入時から最後まで唯の一度も正しいモデル名称が記載されていないのが少し残念。 正しくは「Packard 120」と呼ばれるモデルで、ドアノブの位置とフロントマスクから判別すると1936~1937年式になると思います。120のセダン系が観音開きになるのは36年式からで、38年式以降はサイドのエアアウトレット形状が変更になります。 「120」はパッカードの中ではミドルレンジに属するモデルで、「ワントゥエンティー」と呼んでいます。 架装は2枚ドアクーペからストレッチ4ドアリムジン、4ドアオープンやステーションワゴンなどかなりの種類があったので、この角度からだと4枚ドアのセダンタイプであることくらいしか判別できません。 同誌によると、この固体は戦前から日本に存在し、戦火を潜り抜けた大変貴重な車両でしたが、1988年の記録以降、その行方は分かっていません。 何もこの一台に限らず、古いものを大切にしたり、保存することに関して、日本は欧米に比べ相当劣っていますね。古い方が自動車税や重量税が高くなるし、相続も大変だし・・・。 向こうは逆なんですけどね・・・。 とりあえず、あの120。現在その行方を調査中。もし発掘できればもちろんレストアします。 dean